下巻を読んで冷やっとした。

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「小市民」とは、まわりと折り合いをつけるためのスローガン。もう二度と孤立しないための建前。ぼくは使い物になりませんから放っておいてください、という白旗。
…(中略)…。
そんなものは必要ない。ぼくが白旗を振れば振るほど、内心との乖離がいやみになる。

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全くとんでもないトラップが仕掛けられていたものである。
「米澤さん、あなたはすごい。私は白旗あげちゃいます。後は任せました。小鳩君と小佐内さんの今後の活躍を楽しみにしています。応援しています」
といって、ささっと身をかわす言葉巧みな人達への的確な牽制になっている。白旗への誘惑さえも知らず知らずのうちに埋め込まれ、あやうく私も白旗あげそうになってしまった。白旗あげていたら、ここで本当に敗北宣言だった。かろうじて回避。

(しかし、上巻に「白旗」という言葉が埋め込まれていたか? 何故、私は白旗をあげようとし、またそれが下巻で見透かされようとしていたのか? 謎である。時代性のシンクロ? そんな理由は非合理的だ)

そんなこんなで、ちょっと模擬戦的な感じではあったものの、久しぶりに緊張感のある掛け合いを楽しめたような気がする。ミステリは面白い。

大抵の場合、物語は誰かと誰かの対話がペースメイカーとなっていて、そのペアの作り出す緊張感と高揚感が優れていればいるほど、物語は魅力的。
米澤穂信が誇る「小鳩君と小佐内さんのペア」はかなり強力。
 
それに対して、私ができることといえば、せいぜい、打ちのめされずにいられる読者であることくらい。心の中の指導理性(ト・ヘーゲモニコン)との対話、架空のペアを引き合いに出して張り合うよりない。あるいは、スピリチュアルな道具立てに頼るか……。
それで結構なんとかなるものだが、望ましくは、実際にペアを組める相手を見つけることだろうと思う。

『秋期限定 栗きんとん事件 下』
米澤穂信創元推理文庫,ISBN978-4-488-45106-6)