グリムガル、アドラー、ハーレムラブコメからの結婚?

日没前の函江道を函館から北斗方面に走っていると、視界は広くて、柔らかな光が全体を覆っている。

もう少し時間が経つと赤く染まっていくのかなーとか、今日はlapisさんが写真を撮っているかなーとか思いながら。で、実はその日前後の函館は霧に包まれて各所で伝奇的な状況となっていたようだ。
霧に包まれてゼロ視界の街をさまよううちに、こちらではないあちら側のどこかへたどり着いてしまうかも知れないね。そこには少女がいて、新しい可能性を模索するための最速の手段を行使する。


函館出身の作家さんが書いている「灰と幻想のグリムガル」シリーズは、読みづらかったのは最初のうちだけで、そこから先は一定のテンポで読み進める。どことなく「海炭市叙景」にも通じるような、シュールな人間観とか好き。
アニメでどうなってるかわからないけど、ランタ君は、小説ではときどき明らかに一線を越えた要注意人物です。単にウザいだけというのではなく、方法論が徹底していて、自分が不利な立場になればジャンピング土下座をしてでも相手を油断させ、誰かがミスをしたら見逃さず、とことん精神的に追い込む。周囲には「スルーしておけばとりあえずオーケー」と思わせる技術があり、排他されない。気が付いたら一人また一人と犠牲者が出ている。
ランタ君のその部分だけ取り出して書くと、ものすごいサイコホラーだ。



それはいいとして、何がきっかけなのか、アドラー心理学がちょいブームらしい。私も気になるので「嫌われる覚悟」という本を買ってきて、少し読んだ。
この著者の狙いは、もしかしたら、自分の本とかを踏み台にして、文系男子がほんの一瞬でも話題の中心でヒャッハーしてくれたら嬉しいなという意味での援護射撃的な意味合いなのかも知れない。何だか、真剣にアドラー心理学というものを知ってもらうための本にはなっていない気がする(笑)。
対話形式って、もっと格好良かったり、もっといかがわしかったり、色々あったけど、それと比較して…ギャグみたいで…間違いなくこれは、読んだ人同士の会話を盛り上げるためのギミックに違いない…。
とりあえず、一般的な自己防衛として、軽々しく連帯保証人になるのはやめた方がいいよー。
一応、手がかりとなる真面目なブックマークもおさえておいた。
世間の主流のドラッカーでチームワーク戦術を身につけつつも、個人vs個人の欲望主導権戦のために、アドラー心理学を攻撃ツールとして使う人、アドラーの悪用で攻め込んでくる人に対する防御線を張っておく…そんな感じかな。


僕の人生、アドラー率少なくて、結果ノー恋愛な人生だったから、少しアドラー率あげてかないと!
表で何でも書き過ぎちゃダメなのもアドラー流w



そうそう、漫画家の藤島康介氏が年下の若い女の子と結婚するらしくて、TLがにぎわっていた。2人のツイッターでの会話のやりとりとか残ってて、ストレートにデレまくってて、これが結婚に至る男女の会話なんだなーっていうのを見せつけられた。結婚…したいな。
ああっ女神さまっ!」っていう漫画は、いまにして思えば、理工系ヲタク男子の純化された理想を具現化したようなハーレムラブコメの出発点だった。現時点で想像するようなハーレムラブコメの卑猥さみたいなのは、最初は全然なくて、疑われることもなくて、非難のネタになった記憶もない。といって、当時はいわゆる2ちゃんねるというのもなかった時代だから、かな。
あるいは、ちゃんと見てないけど、最近のハーレムラブコメは純粋にデレる目的でデレてるみたいなどうしようもない漫画とかアニメが多いのかな?