上手くは言えないのだけれど、創元推理文庫の紙質にはどこか人の記憶に深々と突き刺さるものがあるらしい。かわいらしい表紙カバーを取り外してみると、子供の頃読んでいた時の創元推理文庫の感じと全く変わらない。独特の臭みがあるはずもないのだが、記憶の中からそれが蘇ってくる。図書館で借りて読んでいた頃の記憶。
あらためて表紙をつけてみると、どこかのラノベとあまり変わらない雰囲気に戻る。この作品は会話のリズムに一部ラノベの雰囲気が感じられるが、決して安っぽくはない。まあ、どちらでもよいのだが。
春が過ぎて夏、小市民ユニットがいよいよ真価を発揮する。
セシリアの夏期限定トロピカルパフェを筆頭にして、まちなかのスイーツというスイーツを徹底的に食べ尽くすプロジェクト。『駅周辺に若者が楽しめるような場所がない』と言って嘆かわしい木良市を舞台に、時には自転車にのって遥か遠くの道の駅まで出かけて行って、スペシャルサンデーを食べるミッション。
小山内さんから『ごめんなさい。家を離れられなくなりました。第十位のお店でマンゴープリン二つとシャルロットのグレープフルーツのせを四つ買って、わたしの家まで来てください。ごめんなさい』という、いかにも少市民的なメールをもらうと、小山内さんと互恵関係にある小鳩くんはそれを買いに行く。ところがシャルロットは3つしか在庫がなかった。さて、どうするか?
もちろん、この話の本質は、事件が起きて、さまざまな推理が巡らされる部分にあるのだけれど、それを明かしてしまうのは良くないし、こうして2回目を読んでみてもなお、恋人でもなく依存関係でもない2人のスリリングな夏の日常は、楽しくもうらやましいものとして映る。苦々しいコーヒーを敢えて飲もうとするのは、幸せな一時につきまとう、ある種の後ろめたさの表明なのだ。
きっとそのセシリア特製夏期限定トロピカルパフェを食べればわかるに違いない。

夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤穂信創元推理文庫,ISBN4-488-45102-0)